Dean Shimauchi Translation
ディーン・シマウチ翻訳事務所
仕事歴:字幕翻訳の戯言 < DeanShimauchi ホーム
ホームページ
プロフィール
仕事歴
劇映画字幕
ドキュメンタリー字幕
テレビ番組字幕
ショートムービー字幕
日本語→英語字幕起こし
DVD字幕
プレス資料など
書籍翻訳
翻訳料金

翻訳料金

お問合せ
info@deanshimauchi.com



字幕翻訳者 の戯言 アーカイヴ     77          < リストへ >
スカーレット・ヨハンソン:インタビュー   パート2
 さて、インタビューの内容に全然ふれなかった「スカーレッ ト・ヨハンソン、パート1」でしたが、今回はそのインタビューの翻訳に関して感じたもうひとつの「翻訳のあいまいな現実」について。「スカーレットはどん な日本語を話すのか」ということです。翻訳をするときには、翻訳する方側の文化に従属しないわけにはいかないのですが、翻訳者にはどこまで従属しなければ いけないのか?という疑問が常に存在します。何の話をしているのかというと、こういうことです。
 例えば男性Aが「Did you like the icecream you had last night?」と聞いて女性Bが「Oh, I loved it very much.」と答えた場合。すごく簡単な、中学生でもわかる応答です。それを「ゆうべ食べたアイスはお気に召しましたか?」「ええ、とても美味しかったで すわ」とかいう日本語にするのか、ということです。まずこの応答を日本語にする場合、理想的には以下の事がわかっていることが望ましい:AとBが何歳で 性別は何で、どんな関係で、どんな方向に向いた人間関係を作ろうと目論んでいて、何年来の知り合いでこの前にはどんな話をしていたか。そのようなことがわ からないと実は手が出しづらい。会話の「文脈」的なものは必ずしも提示されるとは限らないのだけれど、「年齢、性別、人間関係」は絶対に必 要。そうしないと特に翻訳された女性の発言はいつも「アイスは大好きだわ」「いつも食べるの」「大好物ね」というすべての発言が「だわ、の、ね」文末で終 わる謎の人格になってしまうのです。日本のロック雑誌のミュージシャンのインタビューでよく見る「オレはセッションがすきだゼ」みたいな・・・。イメージ としての架空の人格ですよね、それは。ミュージシャンはそんな喋り方はしていないのに、イメージにあわせて変えちゃう。ただ言った通りの発言をまず採録し ていない。英語のインタビューはほぼそのまんまの発言どおりで成立するのに。
 上の「icecream」の例はもしかしたら「ユーベのアイスすきだった?」「チョー大好き」なのかも知れないし「ゆうべ食べたアイスは嫌い じゃなかっただろ?」「あれはすごく好きだったよ」なのかも知れないし、「夕べのアイスは美味しかったですか?」「すごくおいしかったです」なのかも知れ な い。内容はともかく、日本語の話し言葉である以上、残念なことにここで話者の「年齢」と「性別」と「社会的関係」を無視できないわけです。ところがも との英語は、Aが50歳会社の上司でBが23歳新人社員でも、Aが18歳プーでBが34歳叔母でも、Aが14歳中学生でBが9歳6年生でも成立するわけで すよね。この話に触れるときにはよく「英語が第一言語の人には上下関係がない」とか「目上に無礼だ」とかいう誤解が発生するのですが、そうではないことに 言及しておく必要があるかもしれません。英語をしゃべる人も敬意を持ってますし、それを現してはいます。ただそれが、「言葉尻以外の部分に発現する」とい うだけの話です。もちろん敬意を表するための話し方もありますが、全発言が「性別、年齢、社会的関係」に左右されることはない、というだけのことです。だ から多くの場合会話はとても対等に聞こえ、事実対等な関係で話していることが多いわけです、特にアメリカでは。慣習的に主に特定のグループ(男性、女性、 ゲイ、ティーン、地域的、年齢的など)が使うようになった言い回しはもちろんあります。バカ丁寧な喋り方の人もいるし、 フェミニンな言葉を武器にしている女性もいるし、誰に対しても高圧的な言葉を使う人もいます。卑屈に聞こえる人もいる。でもそれは日本の人の会話を規制す る「年齢、性別、社会的関係」とは別の原理によって規制されている、と考えていいと思います。だから同じものさしで計ろうとすると「見えない」。しかも面 倒なことには「活字ではどれも同じに見える」可能性がある。
 前置きが長くなりましたが、要点はここです。「性別、年齢、社会的関係」に一言一句規制されていない女性の発言を「性別、年齢、社会的関係」 に規制されないと社会的に逸脱した人格になってしまうという文化
(=日 本)の言語に置き換えるにはどうすればいいのか、という問題に、スカー レット・ヨハンソンのインタビューという簡単な仕事に際してもぶつかるわけです。スカーレットは「そうね、ウディ・アレンと私はすごく仲がいいの」という 日本語を喋るべき なのか?「仲がいいのです」なのか?「仲良しなんです」なのか?「最高のパートナーよ!」なのか?でもどんなに譲っても「仲良しだわね」なんていいたくな いでしょう!ああ、恥ずかしい!
 ここで有効だったのがYouTubeでスカーレットの(他の)インタビューを見つけて実際の声を聞いてみること。チョムスキー擁護派のMIT認知科学者 のスティーブン・ピンカーが「The Language Instinct」で「言語は本質的に声で発声されたものであって、文字は記録手段に過ぎないんだ」というようなことを言っていますが、そのこ とを証明するかのように、スカーレット本人の声を聞くととたんに幾つもの謎が氷解します。カジュアルな喋り方をする。高圧的ではない。わざわざフェミニン な喋り方をしていない。最近はティーンみたいな喋り方もしていない。早口で頭の回転が速い。相手に特別へりくだった話し方もしていない。でも猛烈に知的な 印象を 受ける話し方でもない。飾らずハッキリものをいう。これがわかると、とたんに「活字のスカーレット」は活き活きと人格を持って踊りだすわけです。「ゆうべ のアイス?大好き!」って言っても大丈夫、という確信が持てる(勘違いでも)。でも、ここで問題は終わりではなく、まだ今の時点では「年齢、性別、社会的 関係」の呪いからは逃げられないのですが。年齢、性別にいちいち気を遣う必要のないこのアメリカ女性に対しては、ほんとうはニュートラルな「です、ます」 が最適なのですが、インタビュー記事としては「です」と言えば硬すぎるし女性言葉を使わないと生意気に聞こえてしまう、ということを今の日本ではなかなか 超 えていけない。
 そう大昔でもない、私の祖父母の世代ではまだ、夫「風呂がぬるかったぞ」妻「申し訳ございません」なんて言ってたわけです。それが今は、夫「お風呂ぬる かったよ」妻「あ、ゴメン」なわけです。妻「お風呂ぬるかった」夫「ゴメン」でもいい。それを「男性の地位が下がった」とか言うのは思考の軸が「封建的伝 統的立 場」から開放されない人ですよね。でも実際はこれは、本来的に上下関係が存在しないところに上下関係に規定された言葉が適応されなくなった、ということの 現れであるはずです。
 このように年齢的性別的社会的な位置づけが持つ人格に対する拘束力は、日本の中においてもいつも変わっていくもの。だから「対等な関係」を追求したアメ リカと「封建 的関 係」の垣根がかなり溶けてきた日本との温度差は、ありがたいことに縮まってはいるのだとは思います。でも、まだ現時点では、例えば「アリー・マクビール」 の人格 がやっぱり「年齢、性別、社会関係」に規制されてちょっと変わっちゃう。「マーフィー・ウラウン」なんてもっと変わっちゃう。古いところでは「奥様は魔 女」のサマンサも変わっちゃう。変えないと日本の視聴者に 「ガイジン」扱いされて嫌われちゃう。でも、変えていいのか、人格?という答えの出ない問いかけが、翻訳者の前にはいつもぶら 下がっているのでした。清水真砂子さんが「ゲドを読む」のなかで、フェミニズムを色濃く反映した「帰還」を訳したとき、伝統的な男女関係に基づいた、例え ば女性が男性に食事の支度をしてもらっている、という言い回しを敢えて避けて、ただ「ゲドが支度している」にした、というような配慮を、やはりその都度し なければいけないですね。頭痛いですね。
< リストへ >
Dean Shimauchi Translation Service ©2007 all rights reserved
ホームプロフィール
劇映画字幕ドキュメンタリー映画字幕テ レビ番組字幕ショートムービー字幕日本語→英語字幕DVD字幕
プレス資料etc.書籍翻訳翻訳料 金
戯言アーカイヴ