Dean Shimauchi Translation
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字幕翻訳者 の戯言 アーカイヴ     113          < リストへ >
  20世紀少年第一章 其の二

 前回の続きです。全然映画と関係ないマンガの方の話の。
 
 アラン・ムーアのマンガ(グラフィックノベルというべきか)「WATCHMEN」(ウォッチメン)は「アメリカがベトナム戦争に勝ってしまった悪夢の世 界」を中年になっ たヒッピー世代のスーパーヒーロー達(及びその前の“古き良き”世代)の悲哀に満ちた人生のドラマを通して描きますが、マンガ「20世紀少年」は「オウム テロが成功してしまった悪夢の世界」楽しかったぼくたちの子供時代を通して描いているので、作品世界の構築に高いシンクロが見られます。

 「WATCHMEN」は善悪がハッキリしていたように“見えた”古き良きアメリカのその「善」の裏に蠢いていた偏見、差別、憎悪といったものがそのまま この作品がかかれた当時まだ終っていなかった冷戦につながっているのだ、という自己否定的な現状認識がとても痛々しくやるせない作品でした。

 「20世紀」も、あの楽しげに思い出される昭和のグロテスクさを精密な絵画的正確さと当事者の胸を甘酸っぱく刺すドラマによって暴きだしていく作品なわ けです。もうひとつ「20世紀」と「WATCHMEN」がシンクロするのは、「正義」とは自作自演で無理矢理作り出された、暴力化された大義名分である、 という考え方です。 「20世紀」のともだちの正義は歴史的に効果的と思われる方法を再現することで獲得されるショーとしての正義であり、「WATCHMEN」の正義は引退し たスーパーヒーローであり、大企業グループ総帥であるOzymandiasによって企まれた、これも「惨劇」というショーに対する反応という形で獲得され た平和なのですね。この考え方は奇しくも当事務所で英語字幕翻訳を担当した「スカイクロラ」ともシンクロするテーマです。

 「20世紀」は大量消費文化の飽和に伴うほころびに対する危機感から発生した不安ですが、「WATCHMEN」はずばり冷戦に対する不安から発生したパ ラノイアです。80年代の話な訳ですが、日本が「もしかしてオレって本当にナンバ−1?」とか浮かれはじめてる間に、実は80年代前半の「第二次冷戦」が もたらした緊張というのはかなり深刻なものだったんだろうな、ということが伺いしれます。同時に大量消費文明が一歩お先に飽和状態に達したことが生じた不 安感も既にあったんでしょう。「アメリカがヴェトナム戦争に勝ってしまった悪夢の世界」を「WATCHMEN」は描いており、その世界ではニクソンが未だ に大統領なのですが、現実の80年代もレーガンだったわけですから、これは「ニクソンに代表される社会不安をレーガンも抱えている」という痛快な現実批判 でもあるわけです。日本の方でこの80年前後の冷戦構造に敏感だったのは「気分はもう戦争」でしたね。あれも「アフガン侵攻がそのままツッ走っちゃった ら」という世界のパラノイアを描いたものでした。今となっては昔の漫画ですが、ああいう9.11を見据えたような視点が当時の日本にあったということは、 得難いですね。

 文明的腐敗度の進行度合いから10年の年月で隔てられた「20世紀」と「Watchmen」が更にシンクロする概念として「正義の味方ゴッコ」が諸悪の 根源にあり(制裁できる悪、という概念の不完全さとその崩壊、というか)、しかしその「正義の味方ゴッコ」が最終的に人類の明暗を分かつ、という点でもあ ります。

 今ひとつ「20世紀」と「WATCHMEN」がシンクロするのは、メディアの扱い方です。マスメディアの無責任な影響力とかポップカルチャーの深層心理 的な影響力が、どちらの作品にも大きなキーとして扱われています。「WATCHMEN」は本の引用、新聞、雑誌の切り抜き、登場人物が読んでいたマンガ、 広告、といったものをマンガの一部として取り込んで渾然一体となって重層的な世界を構築します。「20世紀」は、私たちを取り巻き、取り囲むモノとしての 文化をポスター、マンガ、漫画雑誌、新聞テレビといったキャラクターとして登場させ、いかに私たちがそういったものに逃れようもなく取り込まれて生きてい るのかを示唆しています。「20世紀」のハットリくんも「WATCHMEN」のスマイリーフェイスも、郷愁を誘いつつどこかグロテスクなものの象徴として 扱われており、「一枚剥けばグロテスクな過去」という共通認識がポストモダンですね。

 もう一つ両作品がシンクロしているのが「ボブ・ディラン」ですね。浦沢氏は「ディラン番長」として有名だそうですが、「WATCHMEN」もジミヘンや らディランの引用が散見されます。ニーチェもウイリアム・ブレークもあるんですが、ディランのようなポップカルチャーよりの引用が、より読者の心の琴線に 触れるのです。「WATCHMEN」には冒頭いきなり

"Now at midnight all the agents
And the superhuman crew
Come out and round up everyone"

 という引用があり、これはディランの「Desolation Row」からの引用。映画版「Watchmen」では《My Chemical Romance》が曲をカヴァーするようです。ディラン師のThe Times They Are a-Changin'はオープニングに使われるらしいですね。映画「20世紀」の方にもディラン師は「Like a Rolling Stone」でチラっと登場。

 引用と言えば、マンガ「20世紀」の冒頭には歌詞も対訳も出ないが重要な引用としてT.Rexの20th Century Boyの歌そのものがありますね。

"Friends say it's fine, friends say it's good
Ev'rybody says it's just like rock'n'roll"
「ともだちが皆サイコーだよっていうんだよ ロックンロールみたいにノリノリだって」 という。

他にも「男が突き落とされる」ことから事件が始まる、とかポップカルチャーの過剰な再現による世界の再構築とか、「ともだち」も「Rorschach」 も、変容するアイデンティティの象徴として覆面をしているとか、宇宙人の侵略が虚実の世界平和の言い訳になるとか、挫折した中年男がいきなり世界の運命を 握らされるとか、他にもシンクロする要素はいろいろありますが、「WATCHMEN」の話はこの辺で。このシンクロは「ポップカルチャーの派生性」という か「同時多発性」という意味でAKIRAの頃に大友克洋が「AKIRAってサイバーだな、パンクだな、サイバーパンクだなと思う」とインタビュアーに言わ れて「同時多発です。向こうは向こうでやっているという感じで」と答えていたことを思い起こさせます。同種の妄想とか不安が社会の成熟度にあわせてどこで 出るか、というのは私にとっては興味深い現象です。

また終わらなかったし、しかも全然映画と関係なかった。残りは次回で。

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