Dean Shimauchi Translation
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字幕翻訳者 の戯言 アーカイヴ     146          < リストへ >
サウダーヂ
 「サウダーヂ」のユーロスペースでの上映は大成功のうちに終わり、渋谷オーディトリウムで継続 上映。やはりね。ずーっと半年くらい都内各所でやって、満員が続くような映画だ、と個人的に思っています。で、日本中でやって欲しいな、と。

 今公開中で、これからも息が長い上映が期待される映画なので内容がわかるような事は例によって書きません!が、素晴らしい映画だよ、ということは一言。

 山梨という、東京の隣の土地。山によって隔てられ、言葉は静岡とかあちら方面のものに近いが、地理的には極めて東京に近い。東京からは国道20号線で一 直線。特急あずさに乗れば新宿から1時間半かからずに甲府に行ける。この東京からの遠いような近いような、中途半端な距離が恐らく甲府という土地に複雑な 社会的/経済圏的特性を与えており、産業の勃興のある段階では恐らく「いい時」があったのではないでしょうか。良くても悪くてもそこは人の住む街であり、 そこで生活をする人にとっては豊かでも貧しくても、そこは「家」。さて、2010年の甲府という家はどんなものなのか。そこにはどんな人がいて、どんな機 会(職業とか)があって、どんな将来の可能性があるのか、あるいは、ないのか。

 日本中の地方都市に「国道沿い、軽自動車、ドンキ、ブックオフ、パチンコ、カラオケ、ラブホテル」という類型が飛散していったのはいつからだったので しょうね。比較的少ない人口を、どのように囲い込んで商売していくか。そういう事を考えた時に出てきた一つの回答だったのかとは思います。そういう場所 に、何かやり場のない停滞が沈殿している様を見事に描き出したのが「国道20号線」という作品でした。短いけれど、完璧な宇宙を有した映画で、私を打ちの めしてくれました。

 国道20号線を撮った富田克也監督の新作「サウダーヂ」は、一転、長い!もちろん長いだけではありません。というか、登場人物達に寄り添うには、この長 さが必要なのです。楽しいことからキツいこと、苦しいことやり切れないこと、切ないこと、笑えること、盛り上がることに憤ることがギッチリ詰まっていま す。「終わらない日常」世代の、沈殿と停滞みたいな側面を持ちながら、ある種「悲惨で明るいボク等に青春」みたいな体裁を持ちつつ、その視点がグングン拡 がっていく凄まじさをもった作品です。「中心」は錆びれ、郊外にはイオン・ショッピングセンター施工、でも地元の土方には仕事の機会は来ない。流入して今 度は流出していく海外労働力の話。東京に憧れて敗れてUターンしてくる話。東京から1時間半の街で誰が聞いてるかも判らないフラストレーションを抱えて ラッパーやっている話。自分の住んでいる街にいつの間にか外国の人が大勢いる話。それが経済を維持するために必要だったから。産業構造とか雇用構造が気付 いたら足元から変わっちゃってるという話。怪しげな利権。変貌しながらも続いていく寄り合いみたいな人間関係。ずっと前からいる人。最近来た人。一度離れ て帰ってきた人。出て行きたい人。しがみつく人。居場所があるような無いような、この「家」は誰の家なんだ。これは誰の街なんだ。いやいや、凄いですよ、 この多面性。

 
沈み行く狭い世界の中でうまくやってるように振舞っても、沈んでいる ことは誰にも止められない。これは甲府だけの問題ではないという広がり が、登場人物たちが精一杯気取る軽さによって一層重く垂れ込めてきますね。

 「国道20号線」では、主人公の一人の運命が決定した瞬間にアップが与えられたわけですが、今回も・・・。登場人物が「国道20号線」と較べると格段に 多いので、混沌に溶け落ちて行くこの話をどう収束していくんだろうと思っていると、突如現れる、あの美しい80年代の夜の夢。劇伴らしい音楽がずーっとな かったこの映画に、突如響くあの歌。よくここまで耐えたな!ああっ、こういう視点が底流にあった世界だったのかあ!と叫びたくなるような瞬間ですね。過去 の亡霊たちの陽気な行進 。街に向ける視線というか、ただ辛辣に寂れていくものを傍観しているわけでは決してないのです。まあ、ブチッと終わっちゃうんですけど・・・ノスタルジー の映画じゃないですからね。

 音楽的にも興味深いものがある「サウダーヂ」。生活する場所と生産手段を政治的に限定された(ゲットー的なもの)人たちの中から産まれたラップ/ヒップ ホップ文化が日本の地方都市という空間で別の意味を持って、しかし似たような抑圧的状況から発生していく、という考察が見られますね。団地に押し込められ た外国人と、団地から出て行き場を失った日本人ですね。それぞれベクトルの違ったラップを展開していく。帰るところがある人と、ない人。ノリノリのフリー スタイルの中にいろんなものが詰まってます。15年くらい前は「日本でラップ?フザケんじゃねえよ」とか思ってたんですが、事態は完全に変わったわけで す。東京は辛うじて変わってないフリをしているけど、見回せばまったく別の風景が広がっている・・・

 商業資本と離れたところでこのような映画が製作されることの意味を考えないわけにはいかない、そんな映画です。お金のかかった映画は必要だと思うんです よ。映画に関わる人が必要とするし、多様性の礎になると思うんですね。でも産業が潤ったらそこには多様性の花が咲かなければ。今、映画産業、特に潤ってな いみたいですが・・・そういうときにこそ「サウダーヂ」が作られて受け入れられる意味というのを問うべきなのだと思います。「劇作」の類型に頼らずに、し かし極めて有機的でリアルな「劇作」の表現によって語られる物語。今年はロカルノ映画祭で特別賞を受け、リスボン&エストリル映画祭更にナント三 大陸映画祭のコンペティションへと飛び出す「サウダーヂ」、映画館で今観る映画です

 で、2011年11月29日三大陸映画祭で見事グランプリMontgolfière d’or獲得です。

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